あれほど順調に進んでいた経営は、
風前の灯火となっていた。

帰宅をする前に、
妻に落ち込んだ顔を見せたくはない。

そんな思いから、ここ一ヶ月ほどの間、
男はオフィスの鏡に自分を映し出し、
帰宅前に口角を上げるのが習慣になっていた。

しかし今日ばかりは、
苦悩の表情を消す事は、ついに出来なかった。

 

あと3日も経てば、
今まで苦労して積み上げてきた実績も財産も自由も、
全ては水泡と化す。

男は妻を、心から愛していた。
そして、妻はいつも夫に寄りかかるように暮らしていた。

大した社会経験もなく、事業とは無縁である妻が、
逆に男には、安らげる場所であった。

家計も全て男が管理していたので、
全ての財産を事業につぎ込んでしまった事も、妻は知らない。

今の生活に安心しきって、毎日を過ごしている妻に、
男は現状を告げた。
「会社、ダメになるかもしれない」

 

その言葉に、妻は驚きもせず、
満面の笑顔を男に向け、言葉を返した。
「いいよ、やり直せばいいでしょ。
どうなっても、私はあなたについていくわ。」

男は、今回の事を話したら妻は、自分を見限るのではないかと、
一瞬でも疑った自分の心を情けなく思った。

そして、地獄の中から言いようのない幸福を感じた。
男は、最後の最後まであきらめないと心に誓う。

そして翌日、
帰宅した男に、妻は厚めの封筒を手渡した。

 

そこには、
会社を2週間ほど延命できる程のお金が入っていた。
「あなたに貰った生活費から、少しづつ貯めておいたの」

男は泣いた。
そして、愛の力は奇跡を生んだ。

会社は寸前のところで、立ち直った。
それ以来、その会社は順調に業績を伸ばした。

男は早期に引退をし、夫婦は余生を仲睦まじく過ごしている。
白髪のおじいちゃんと、
まだ若さいっぱいの、おしゃれなおばあちゃん。

時が経って、住まいが新しく変わっても、
あの転機に、2人でひざを詰めて話し合ったソファーだけは、
今も存在し続けている。

1月というのに暖かな日差しが差し込む、
リビングのソファーに座りながら、

数十年前の思い出を、老夫婦は嬉しそうに語ってくれた。

 

今日もありがとうございました。

竹内 嘉浩心理カウンセラー
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